赤血球上のABH抗原は、先天的に抗原量が少ない亜型と主に血液疾患の影響によって後天的にABH抗原量が減少する抗原減弱があります。血液疾患(AMLやMDS等)の影響によって抗原が減弱することは以前から知られていましたが、その原因がABO遺伝子の転写異常によって引き起こされていることが最近の研究で明らかになってきました。通常、遺伝情報は、DNA→(転写)→mRNA→翻訳→タンパク質という流れで進みます。ABO血液型の場合、ABO遺伝子がコードするのは直接的なA抗原やB抗原ではなく、A転移酵素やB転移酵素というタンパク質です。転写異常が起こると、mRNA量が減少するため、最終的なタンパク質(A転移酵素、B転移酵素)が減少します。その結果、骨髄内で赤血球にA抗原又はB抗原の付加が不完全になるため、通常の抗原量よりも少ない抗原量の赤血球が抹消血に出てきます。また、この影響は一様ではなく、A3(B3)程度の抗原量からO型に近い抗原量のものまで様々です。
ABOオモテ検査を実施した際に、明瞭な凝集はあるが、背景に濁りを生じる場合に、考えることは主に3つ、①血液型キメラ、②疾患による抗原減弱、③O型の異型適合血液の輸血です。その他にも造血幹細胞移植後などもありますが、日常的に遭遇するのは、①又は②であり、患者さんが被検者であれば、まずは②疾患による抗原減弱を考慮すべきです。
上述のとおり、疾患による抗原減弱例には抗原量低下のバリエーションがあるため、一見、血液型キメラ様の反応を示すものやA3のような亜型様の反応を示すものまで様々です。血液型キメラ、抗原減弱に共通する点は、抗原量が減少してもウラ検査では不規則性の抗A1や抗Bを保有しないという点です。また、キメラとの鑑別点の一つは、スライド法において、抗原減弱例では凝集開始時間が若干遅延すること、2分経過後にも凝集は一塊にならない(様々な抗原量が存在している)点が鑑別点の一つとなります。しかしながら、血液型キメラにおいても、陽性集団の少ないキメラの場合は、例えキメラでも一塊にはなりません。従って、抗原減弱と決定するには、患者情報が欠かせないことになります。今回の例はあえて#111のB/Oキメラと類似の反応を示す抗原減弱例を示していますので、各社モノクローナル抗Bとの反応も非常に類似しています。
血清学的な所見で違いを見出そうとするのであれば、その一つは抗Hとの反応です。B/Oキメラの場合は、正常なB型とO型の混在であるため、抗Hとの反応は4+を示しましたが、今回の例では3+と少し弱い反応を示しています。疾患による抗原減弱の場合は、A、B抗原の土台となるH抗原も減少する傾向にあります。従って、抗Bと反応しない一見O型に見える赤血球があるにも関わらず、抗Hとの反応が弱いというのは、H抗原自体も少ないことを意味します。ここに気がつけば、ABH抗原の生合成に異常を生じている可能性が高い、という仮説が出てきます。また、抗原減弱例では、よほど抗原量が減少しなければ、血漿中の転移酵素活性も対照と同程度の活性があります。こういったB/Oキメラに類似の反応パターンの場合は、FCM解析でB抗原量やH抗原量を詳細に検査し、被検者の疾患等も考慮して最終決定することになります。
今回の検体のFCMパターンは、一見キメラ様の二峰性のヒストグラムパターンを示していますが、注意深く観察すると、陽性のピークは幅が広く、陰性と陽性の中間にも集団があります。こういうパターンの時にはキメラとの鑑別に迷う例です。FCM解析だけで判断できない場合は、抗Bと反応する集団(B型)と反応しない集団(O型?)に分離し、ABO以外の血液型をみることも解決の糸口になります。キメラの場合であってもABO以外に違いが認められない例もありますが、もしもABO以外で不一致が認められたら、それは血液型キメラ(2つの幹細胞由来が存在)ということが決定できるからです。それでも判断がつかない場合は、今回の検査結果で血液型を決定するのではなく、6ヶ月後や1年後に再検査をするのも有効な手段です。抗原減弱例であれば、病態が改善すればもとの血液型へ戻ります。
【関連Blog】
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https://www.bloodgroup-tech.work/entry/2020/03/01/071517
・#063:プロモーター領域の変異で生じたB3型の一例の(はてな?)↓↓↓
https://www.bloodgroup-tech.work/entry/2020/06/25/061017