血液型検査のサポートBlog

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#125:ケーススタディー(Episode:25)自己抗体に混在した抗Jraの同定

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 温式自己抗体(以下、自己抗体)は自己赤血球を含む全ての同種赤血球と反応します。一方、高頻度抗原に対する抗体は自己赤血球とは陰性で同種赤血球とはすべて陽性となります(対応する抗原が陰性のまれな血液型赤血球以外)。高頻度抗原に対する抗体保有者は、自己赤血球の高頻度抗原が陰性(まれな血液型)であり、輸血や妊娠によって抗体が産生されます。通常、高頻度抗原に対する抗体のみを保有した場合は、自己赤血球の反応が陰性であることが自己抗体との鑑別点となります(自己抗体では自己対照赤血球も陽性)。逆に高頻度抗原に対する抗体であることが予測できれば、未処理赤血球と酵素処理及び化学処理(DTT/AET)赤血球との反応の違いで特異性を絞り込み、同定するのが一般的です。しかし、高頻度抗原に対する抗体保有者が自己抗体を保有する場合もあります。そのようなケースでは自己対照赤血球を含む全ての同種赤血球と陽性になるため、反応している抗体は自己抗体と思い込み、高頻度抗原に対する抗体が混在することは意識しないと思います。しかし、パネル赤血球との反応性や吸着操作を実施する中で、何かおかしい(通常の自己抗体と何か違う)と思う事象が出てきます。例えば、自己対照赤血球に比べてパネル赤血球との反応(凝集強度)の方が強いとか、LISS-IATよりも60分加温-IATの反応が強い(一般的に自己抗体は60分加温-IATでは反応強度が低下する)とか、抗体価を測定すると原液血漿(血清)で3+~4+程度なのに64倍以上あるとか、酵素処理赤血球で陰性になるとか、D陰性赤血球よりもD陽性赤血球の方が強いとか、3+程度の反応なのに吸着がかからないとか、腑に落ちない点が色々出てきた時は要注意です。

今回のケースもDATが陽性であり、一見自己抗体に見える反応です。しかし、仮に自己抗体のみであれば、DATが2+の自己赤血球は自己抗体がさらに感作するため、通常自己対照赤血球は4+になります。それがDATの強さとさほど変化がないということは、血漿(血清)中の抗体の一部しか反応していない可能性があるということです。

 

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さらに、自己赤血球でPEG吸着した上清はパネル赤血球と2+を示しました。血漿(血清)中に高力価の自己抗体が存在した際には、1回の吸着では全ての自己抗体を吸着出来ませんので、吸着上清に自己抗体が残りますが、今回のようにPEG-IATで3+程度の自己抗体が吸着後に2+の反応を示すということは殆ど吸着されていないと考えるのが妥当です。さらに追加でやるべき事は、被検者と主な血液型が同じようなタイプの赤血球を用いて吸着操作を実施することです。自己赤血球vs同種赤血球において同じように吸着されるのか、それとも同種赤血球の方が吸着されるかを観察することは解決の糸口になります。つまり、自己抗体と高頻度抗原に対する抗体が混在した場合、通常は自己赤血球よりも同種赤血球の方が吸着されるからです。今回のケースでは同種赤血球の操作においても上清に抗体が残ること、最初の検査で60分加温-IATの反応が強いことを総合的に考えると、この例はHTLAの高頻度抗原に対する抗体(抗Jra、抗JMH、抗Knopなど)に自己抗体が混在した可能性が示唆されます。HTLAの抗体は抗原陽性の赤血球でもなかなか吸着されない性質があります。

もう一度、被検者情報の確認したところ、被検者は女性で妊娠歴があります。日本人から検出される高頻度抗原に対する抗体の6割は抗Jraであることから、まずは抗Jraの混在を疑うべきです。従って、自己赤血球及び同種赤血球の吸着上清と複数例のJr(a-)赤血球との反応を観察したところ陰性となりました。このことから今回のケースでは、抗Jraに自己抗体が混在したケースであることが判明しました。

 今回のポイントは、それほど抗体価が高くない抗体が吸着されないという点、60分加温-IATの反応がLISS-IATよりも強い点、データは示していませんが、この血清の抗体価は60分加温-IATで128倍ありました。通常の抗体(主な血液型に対する抗体又は抗Fya、抗Dib、抗Rh17、抗Kuなどの高頻度抗原に対する抗体)で128倍あれば間違いなく4+になります。それが2+~3+の凝集であることからHTLAを疑ったワケです。従って、自己対照が陽性=自己抗体と決めつけるのは、少し検査を進めてからでも遅くはないということです。輸血歴のない患者であればJra抗原の確認も必要です(DAT陽性のため、場合によっては遺伝子タイミングの方法も有用です)。血清学的な抗体同定としては、最終的にはJr(a-)赤血球で自己抗体を吸着し、その後、表現型のことなるJr(a-)を複数例用いて、他の抗体(主な血液型に対する抗体)の混在を否定し同定作業は終了となります。それほど強くない自己抗体で抗体同定に時間もかからないと思われた検体は、かなり手強い検体でした。

 

【関連blog】

・#039:抗Jraの性状及びHTLA抗体の(はてな?)

https://www.bloodgroup-tech.work/entry/2020/04/08/211330