DTT(dithiothreitol)は還元剤試薬であり、200mM濃度で赤血球を処理することによって、分子内にS-S結合を持つ特定の血液型抗原の破壊(主に高頻度抗原に対する抗体の鑑別のため)やDARA(ダラツムマブ)投与患者の抗体検査のために赤血球上のCD38抗原を破壊し、DARAの影響(干渉)を無くす目的で使用されます。しかし、同時にCD59(補体制御因子)も破壊するため、補体結合性を有するIgM抗体が存在する場合、感作中に試験管内で溶血を生じる場合があります。ここでは、DTT処理赤血球を使用した際に観察される試験管内溶血の(はてな?)についてシェアしたいと思います。
DTT試薬は、10mM濃度で使用することもあります。これは血漿(血清)に存在するIgM、IgG抗体の鑑別に使用されます。一方、200mM濃度のDTT(200μL)と赤血球沈渣(50μL)を試験管内で混ぜて37℃に20~25分程度加温することで、赤血球上の特定の抗原を破壊することが出来るため、主に不規則抗体同定(高頻度抗原に対する抗体の鑑別、DARA投与患者血清の検査)の際に活用されています。
しかし、赤血球を200mM濃度のDTTで処理した際に特定の赤血球抗原とともに、補体制御因子であるCD59も破壊されます。CD59はGPIアンカー型の蛋白であり、補体成分のC9に作用する補体制御因子です。赤血球-抗体複合物に補体が感作した際に補体活性による溶血を阻止する働きがあります[SL.1]。逆を言えば、CD59が少ない(又は無い)状態では低力価の抗体でも補体結合が生じた際には、検査中に試験管内で赤血球が溶血する可能性があるということです。
実験的に、濃度が異なるDTT試薬で赤血球を処理し、赤血球上に残存するCD59の相対的な量をフローサイトメトリー(FCM)で調べてみました。結果は[SL.2]に示した通りであり、未処理赤血球のCD59の量を100%とした際、100mM以上のDTT試薬で処理すると、殆ど無くなります。CD59は、ficin、trypsin、α-chymotrypsinでは影響がなく、DTT及びAETで破壊されることが確認されました。
次に、IgM性で補体結合性のある抗体と対応抗原陽性赤血球を試験管内で反応させて、その溶血度合いを吸光度で調べてみました。抗体価がSal法で4倍程度を示す抗D、抗I、抗H、抗Pで調べた結果、赤血球を150mM DTTで破壊した赤血球では、感作中に溶血することが確認されました[SL.3、SL.4]。
Salで4倍程度の抗I(冷式自己抗体)は、珍しい抗体ではなく、健常人でも保有するような抗体です。つまり、少し強い(試験管法で3+~4+)を示す冷式抗体が存在する血清を用いて、DTT処理した赤血球と反応させる際には、溶血が生じる可能性があることを知っておくと、その解釈に役立ちます。
時々、DARA投与患者の抗体検査において、DTT処理した赤血球と血清との反応において、感作中に溶血した、又は間接抗グロブリン試験の洗浄後に赤血球が殆ど無くなった、という質問を受けることがありますが、それは、こうしたメカニズムが関与しています。
回避する方法としては、冷式抗体を保有した患者さんの場合は、血漿を用いる、又は不活化した血清を用いることで補体の影響は回避できます。