血液型検査のサポートBlog

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#053:一過性に抗原が陰性化し、抗IFCを保有した例の(はてな?)

 Cromer血液型は、ISBT(国際輸血学会)では21番目の血液型システムとして、現在19種類の抗原が属し、そのうち、Cra、Tca、Dra、Esa、IFC、WESb、UMCを含む16種類の高頻度抗原と低頻度抗原であるTcb、Tcc、WESaの3抗原で構成されています。この中で、日本人に関連する抗体として抗Dra、抗IFC、抗UMCが知られています。ここでは、一過性に抗原が陰性化し、抗IFCを保有した例の(はてな?)についてシェアしたいと思います。

  Cromer血液型抗体の最初の例は、Cromer夫人から検出された抗Cr(名前に因んでいる)ですが、その後同様の抗体が検出されましたが、いずれも妊娠歴又は輸血歴のある黒人から検出された抗体でした。従って、抗Cromerの抗体は同種免疫によって産生される抗体という認識です。その後、未知の高頻度抗原に対する抗体を保有した日本人男性の赤血球は、抗Cr及び抗Tca(高頻度抗原に対する抗体)と反応しないことがわかり、しかもこの保有者の血清(抗体)が、Cromerの高頻度抗原を欠いたCr(a-)及びTc(a-)とは反応することが分かりました。その後の解析でこの日本人男性の赤血球はCromer血液型がnull型の赤血球であり、Inabタイプと呼ばれることになります。この男性はCromer血液型の高頻度抗原の一つであるIFC抗原に対する抗体(抗IFC)を保有していました。Cromer血液型がnull型であった個体が、抗IFCを保有したのは、Ko型(Kell血液型のnull型)個体が、Kellの高頻度抗原(k、Kpb、Jsb、Ku、K14など)のうち、Kuに対する抗体(抗Ku)を比較的多く産生するのに似ています。この後、Inab赤血球と反応しない高頻度抗体が次々と発見されて、Cromer血液型として追加され現在に至っています。しかし、Cromer血液型の高頻度抗原陰性者(まれな血液型)が検出されることは稀であり、IFC-型は10例程度しか検出されていません(6例が日本人、他は外国人)、またDr(a-)型は、8例(日本人が2例の他、ユダヤ人、ロシア人)、UMC-型は日本人の1例のみです。従って、Cromer血液型の高頻度抗原陰性者は世界的にもまれな血液型となっています。そのため、抗Cromer系の抗血清(ヒト由来同種抗体)を入手することが現実的に困難であり、血清学的に同定するのは難しいのが現状です。

 Cromer血液型を担う分子は、補体制御因子であるDAF蛋白(CD55)に存在することが分かっています。Cra、Tca、Dra、Esa、IFC、WESb、UMCに対する同種抗体を用いたMAIEA法によっても確認されています。従って、DAF蛋白(CD55)をコードする遺伝子変異がCromer血液型を決定することから、現在ではCromer血液型の高頻度抗原が陰性になる遺伝子変異(一塩基置換とアミノ酸置換)が解明されています。ある程度の血清学的な絞り込みを行い、被検者の遺伝子タイピングによってCromer系の抗体と同定した例も報告されています。

 以前、Cromer血液型に対する抗体に遭遇した例を紹介します。発端者は30代の男性で輸血歴はありませんでした。不規則抗体検査の間接抗グロブリン試験で使用した全てのパネル赤血球と2+程度を示し、自己対照赤血球が陰性であることから高頻度抗原に対する抗体が示唆されました。どの血液型に対する抗体かを見極めるため、酵素及び化学処理赤血球との反応を観察しました。その結果、未処理赤血球:2+、ficin処理:2+、trypsin処理:2+、α-chymotrypsin処理:陰性、pronase処理:w+、AET/DTT処理:2+を示しました。臍帯赤血球とも2+を示しました。2+~3+程度の凝集でありながら、抗体価を測定したところ32倍を示し、HTLAの性質を有していました[SL.1]。α-chymotrypsin処理赤血球と陰性となることから、まずはCromer関連抗体が示唆され、さらに精査を実施したところ、抗IFCであることが判明しました。表現型が異なる赤血球をα-chymotrypsin処理した赤血球との反応から、他の抗体の混在は否定的と考えられました[SL.2]。被検者の同意を得て遺伝子解析を実施したが、IFC-型で確認されている既知の遺伝子変異は認められませんでした。そして、1年後には血清中の抗IFCは消失し、被検者赤血球のIFC抗原も通常の陽性となりました。これは、Cromer血液型で時々みられる一過性にIFC抗原が減少し、血清中に抗IFCを保有した1例と考えられました。LW抗原が一過性に減少(減弱)し、赤血球に抗LWを保有するのと似ています。

 抗Cromerの同定は、抗体の凝集態度が脆く崩れやすいため、抗Knops系の抗体同様に同定が難しい抗体の一つです。すべての赤血球と陽性になることから高頻度抗原に対する抗体の可能性であることは想像がつきますが、このような種類の抗体を同定するためには、酵素及び化学処理赤血球との反応を観察すること、そして何よりも凝集強度(強固?脆い?)を的確に見極めることが解決の糸口になることを学んだ一例でした。

 なお、現在では抗Cromerの抗体は臨床的に意義が低いと考えられていますが、症例数が少ないため判断できません。仮に抗体保有者が輸血する場合には、主要抗原に対する抗体の混在を確認し対応するしかないと思います。また、HDNへの関与は低いと考えられています。それは、DAF蛋白は胎盤のトロホブラスト上皮に存在することが知られており、胎盤に抗体が吸着され胎児へ移行しないと考えられているためです。

 

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