血液型検査のサポートBlog

血液型検査(輸血検査)で生じる悩みや疑問(はてな?)をサポートする医療従事者向けのBlogです。

#041:抗Jraによる胎児貧血の(はてな?)

 抗Jra保有者へやむを得ずJra抗原陽性赤血球を輸血した際、その後抗体価の顕著な上昇を認めますが、遅発性溶血性輸血反応(DHTR)を呈する例は稀であるため、抗Jraの臨床的意義は低いという認識になってきています。しかし、JR母児不適合妊娠では、重篤な胎児貧血症例が散見され、妊婦においては危険な抗体であると認識されるようになってきました。ここでは、抗Jraによる胎児貧血の(はてな?)についてシェアしたいと思います。

 検討として、26例のJR不適合妊娠症例について追跡調査を実施したところ、妊娠中の母親抗体価は、妊娠週数に伴い上昇例が4例、変動なしが21例、妊娠後期に低下例が1例ありました。出産直前の抗体価(60分加温-IAT)は、8倍から2,048倍と個々の症例で差を認めました。抗体のIgGサブクラスは殆どがIgG1でした。すべての症例において、母親から児へ抗Jraの移行を認めています。児の直接抗グロブリン試験は、陰性~2+程度の弱陽性でした。児(臍帯血液)のJra抗原量は、成人のJra陽性の抗原量と比較して、50%程度の検体(児はヘテロ接合のJr(a+)であるため、抗原量は50%前後が通常の抗原量である)から陰性に近い検体もありバリエーションが認められました。このバリエーションの一部はABCG2(JR)遺伝子型によって説明できる例もありますが、遺伝子型から想定される抗原量よりも低下している例もありました。

 26例中4例の児に胎児貧血が疑われ、そのうち3例が輸血を行っています。4例の母親の抗Jra抗体価は、128倍~1,024倍で比較的高力価でしたが、児の臨床データ及び単球を用いた貪食試験の結果から、抗Jraによる溶血関与は否定的と考えられました。4例の胎児貧血を呈した児の出生直後の血液(又は臍帯血液)の赤血球Jra抗原量は、胎児貧血を呈さない児と比べて顕著にJra抗原量が低く、出生時のJra抗原は陰性から弱陽性になっていました[SL.1]。また、胎児貧血を呈した児の臨床データは、間接ビリルビン値は上昇を認めず、溶血所見に乏しい特徴があります。そのため溶血が胎児貧血の原因となっている可能性は低いことが示唆されています。生後2ヶ月程度経過した際には、通常のJra抗原量に回復していることもフローサイトメトリー(FCM)解析で確認されました[SL.2]。

 この現象は母親から移行した抗Jraが児の赤血球造血抑制に関与し、児の貧血及び児赤血球上のJra抗原の発現減少に影響を及ぼした可能性が高いと推測しています。それを裏付ける一つのデータとして、これまで経験した胎児貧血症例の4例の児は通常のJra抗原量を有する赤血球が児末梢血で確認されるまでの生後3~12週間は末梢血液のJra抗原が陰性又は弱陽性であったという点です。

 抗D、抗Dib及び抗Rh17による血液型母児不適合妊娠の場合は、抗体による溶血が児貧血の主たる要因となります。また、抗Mや抗Kellなどの抗体では児の造血抑制に影響を及ぼし、溶血を伴わない貧血であることが報告されています。一方、抗Jraの場合は、どちらかと言えば抗Mや抗Kellに類似した所見ですが、児の抗原量が低下する点が異なります。これは全くの仮説になりますが、母親から移行した抗Jraによるimmune pressureから逃れる機序(clonal selection)が児体内で機能している可能性が示唆されます。今後、メカニズムの解明が必要です。

 

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