血液型検査のサポートBlog

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#110:ケーススタディー(Episode:10)妊娠歴がある女性で全て陽性になる場合に推測すること(抗Jra)

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 妊娠歴のある女性や妊婦において、自己対照赤血球を除く全ての赤血球と60分加温-間接抗グロブリン試験(60分-IAT)で凝集があり、PEG-IATと比べて凝集の強弱が変わらない場合は、高頻度抗原に対する抗体を疑う必要があります。通常、主な血液型(主要抗原)に対する抗体は、PEG-IAT>60分加温-IATの反応性を示しますが、HTLAの性質を有する抗体では顕著に差が出ることはありません。例えば、PEG-IATで2+程度に反応する抗Eでは、60分加温-IATでは1+又はw+に感度が低下するのが一般的です。しかし、HTLA抗体(抗体価が8~16倍以上)では、PEG-IAT≒60分加温-IATの反応性を示し、これが抗体同定の一助になります。加えて、妊娠歴のある女性から検出されるHTLAの性質を有する高頻度抗原に対する抗体といえば、抗Jraや抗KANNOが代表例となります。高齢者であれば抗JMHも考慮することになりますが、今回の例では30代女性であること、本人が珍しい血液型(まれな血液型?)の情報を持っていることから、まずは、Jr(a-)型で血清中に抗Jraを保有している可能性が高いと考えて検査を進めるのが一般的な考え方になります。

 このような検体に遭遇した際の次の一手は、ficin処理赤血球との反応性(IAT)を確認することです。というのも、HTLAの性質を示す他の抗体(抗KANNO、抗JMH、抗Ch/Rg)は酵素処理で抗原が破壊されるために陰性となります。一方、抗Jraは酵素処理の影響を受けません。従って、IAT全て陽性の反応が出た際、ficin処理赤血球を用いたIATで反応が消失するか、増強するかを確認することは方向性を決める重要な一手となります。次に実施することは、否定可能な抗体をできる限り否定することです。この方法には2つあります。まずはタイピング結果から否定する方法(タイピング検査が可能な場合)です。今回の例では、RhとLewisの表現型が検査されていますので、その結果に基づき、抗E以外の保有は否定されます。次に、抗体の反応性から否定する方法です。今回の反応のようにIATのみで反応する抗体しか存在しない場合は、低温で反応する抗体はある程度否定可能です。Sal法(室温)で陰性であることから、抗M、抗N、抗P1、抗Lea、抗Lebの否定です。これらの抗体は一部の例外を除けば、漏れなくSal法で反応する抗体です(抗Leaの一部はIATのみ反応する抗体もある)。今回Le(a-b+)であり、Lewis系の抗体保有はタイピング結果から否定されています。抗M、抗N、抗P1はSal法で複数例のパネル赤血球と陰性であることから保有する可能性は否定的となります。

 精査の結果、この検体は既知の抗Jra(複数例)との反応が陰性であり、血液型はJr(a-)型、血清中の抗体はficin-IATも陽性であることから、抗Jraの可能性が高いと考えられます。あとは、抗Jraの特異性を確認することと混在する抗体の否定となります。

 

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 抗Jraと同定するにはJr(a-)型との反応が必要であり、かつ混在する抗体を否定するには、Jr(a-)型で否定する抗体に対する抗原陽性の赤血球が必要となります。高頻度抗原に対する抗体を検出し、混在する主な血液型抗原に対する抗体を否定する場合には、必ずしもホモ接合型赤血球で否定できないことは知っておくべきと考えます。例えば、日本人の抗原頻度を考慮すると、Fyb、S、などは殆どが陰性です。抗Jraを保有した際にこれらの抗体をホモ接合赤血球で否定するには、Jr(a-)でFy(a-b+)やJr(a-)でS+s-といったようにまれな血液型が重複する赤血球が必要になります。他の高頻度抗原に対する抗体の場合も同様です。例えば抗Dibを保有した際には、Di(b-)でFy(a-b+)やDi(b-)でS+s-が必要です。これは現実的に入手困難です。従って、ヘテロ接合赤血球3例程度を感度の高いPEG-IAT等で実施し、陰性であれば抗体は保有しない、という解釈をしなければ全て否定出来ない抗体となります。今回の例では、またまたJr(a-)でFy(a-b+)が入手できたため、抗Fybはホモ接合赤血球で否定出来ませんが、抗Sについてはヘテロ接合赤血球での否定となります。他の抗原は可能な限りホモ接合で否定出来ています。

 また、酵素(ficin、trypsin、α-Chymotrypsinなど)や化学処理(DTT、AET)で高頻度抗原を人工的に破壊出来れば、ホモ接合赤血球で混在抗体を否定出来ますが、Jra抗原のように酵素及び化学処理の影響を受けない抗原の場合は、全てホモ接合型赤血球で抗体を否定できないことを理解しておく必要があります。高頻度抗原に対する抗体を吸着除去した血清で検査が可能な場合もありますが、HTLA抗体ではその性質から吸着除去することも出来ません。このような場合は、ヘテロ接合赤血球を複数例用いて感度が高い方法(PEG-IATや酵素処理赤血球を用いる)で混在抗体の否定を行います。

 Jra抗原は個々の赤血球間で多少抗原量にバラツキがあります。これはJra抗原を担う蛋白をコードする遺伝子(ABCG2)の多型性によるものです。詳細については、以下のblogを参照ください。遺伝子タイプによっては抗原量が半分程度しか存在しない赤血球も存在するため、抗体価を測定する場合は、3~5例のJr(a+)赤血球プールして使用することをお勧めします。

  

【関連blog】

・#040:抗Jra保有者はなぜ女性に多い!の(はてな?)

https://www.bloodgroup-tech.work/entry/2020/04/11/063344

 

・#039:抗Jraの性状及びHTLA抗体の(はてな?)

https://www.bloodgroup-tech.work/entry/2020/04/08/211330

 

・#038:Jr(a-)及びJr(a+w)の遺伝子背景の(はてな?)

https://www.bloodgroup-tech.work/entry/2020/04/05/062610