血液型検査のサポートBlog

血液型検査(輸血検査)で生じる悩みや疑問(はてな?)をサポートする医療従事者向けのBlogです。

#088:赤血球A,B抗原量と血漿中A,B転移酵素活性の(はてな?)

 赤血球上のABH抗原は、骨髄のGolgi体で糖転移酵素(膜蛋白)の作用によって糖付加されてA型又はB型抗原を有する赤血球が生合成され末梢へ出てきます。新生児では糖転移酵素活性が成人に比べて低いため、A,B抗原量は成人と比べて1/4程度になっています。一方、血液疾患等の場合は、骨髄での糖付加が不完全な赤血球が末梢へ出てくるため、一見、亜型のような抗原量が少ない赤血球やO型に近い赤血球が出現します。ここでは、赤血球A,B抗原量と血漿中A,B転移酵素活性の(はてな?)についてシェアしたいと思います。

 通常、血漿中の転移酵素活性を調べる試薬では、ABO遺伝子にコードされた糖転移酵素(膜蛋白)のエキソン4付近で切断されたN末端のないSoluble formのタイプを血漿中の転移酵素として測定しています。詳細は、「#062:スプライシング部位の変異によるA3型の(はてな?)」を参考にご覧下さい。亜型以外の通常の表現型(A、B、O、AB)であれば、抗A又は抗B試薬と陽性、陰性が明瞭であり、部分凝集や背景の濁りを生じることはありません。また、血漿中のA又はB転移酵素も多少活性の強弱はあるものの検出されます。一方、亜型の多くはABO遺伝子のエキソン7領域内に一塩基置換を生じているため、血漿中の転移酵素活性は検出できません(一部のレアなA3は活性を認める)。従って、血漿中の転移酵素活性が認められないということは、ABO遺伝子のエキソン7を含む領域に遺伝子変異があることが想定されるということになります。これは、部分凝集を呈した検体に遭遇した際に亜型の鑑別(後天的な減弱では活性は認められる)としては活用できます。

 通常の表現型であっても、フローサイトメトリー(FCM)などを用いて詳細に赤血球上の抗原量を比較すると、実は平均的な抗原量の半分程度の抗原量のものから1.5程度多く発現しているものまでばらつきがあります。市販されている抗A、抗B試薬では、通常の20%程度の抗原量があれば試験管法で4+を示すため、通常実施している検査では抗原量のばらつきにも気がつきません。また、血漿中のA,B転移酵素活性の程度が赤血球上のA,B抗原量を鋭敏に反映しているか否かについて論じた論文等はありません。そこで、健常人を対象に赤血球のA抗原及びB抗原と血漿中のA,B転移酵素活性の相関について調べてみました。

 結果を[SL.1][SL.2]に示しています。[SL.1]には、A及びAB型のA抗原量と血漿中A転移酵素活性を、[SL.2]には、B及びAB型のB抗原量と血漿中B転移酵素活性を示しています。縦軸に全検体を、横軸に赤血球のA又はB抗原量を示しています。上から下へ向かって抗原量が少ない方から多い検体へソートして並べています。一方、右側にはその検体の転移酵素活性を示しています。どちらのグラフも平均値を100%として相対的に比較し、グラフにしたものです。

 この結果から分かることは、赤血球の抗原量と血漿中の転移酵素活性には相関がない、ということです。つまり、赤血球の抗原量が少ない検体では血漿中の転移酵素活性も少なく、赤血球の抗原量が多い検体では血漿中の転移酵素活性も高い、という傾向はないということです。従って、血漿中のA,B転移酵素活性を測定しても転移酵素活性から抗原量を予測することも難しいということです。わかりやすい例を一つあげれば、A2型は現在使用している抗A試薬ではA1型と変わりなく4+を示しますが抗原量が少ないことに全く気がつきません。しかし、血漿中の転移酵素は検出されません(日本人の殆どのA2型は、ABO遺伝子のエキソン7の一塩基置換によって生じているため)。この矛盾(転移酵素がないのになぜ抗原がある?)は、骨髄中の転移酵素と血漿中の転移酵素の由来が異なっているためです。血漿中の転移酵素を測定することで、骨髄中の活性の程度を推測しているに過ぎません。ここを理解しないと矛盾で頭が混乱します。従って、血漿中の転移酵素活性が認められない=抗原がない、という解釈はしないことが鉄則です。あくまで亜型精査の追加検査の一部(補助)として実施し、部分凝集等がある検体について先天的(亜型)か、後天的(疾患による減弱)かを解釈するための一助として活用することをお勧めします。

 

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