ABH分泌型個体のヒト唾液中には、A型個体であればAとH型物質が、B型個体であればBとH物質が、O型個体であればH物質のみが存在しています。輸血検査において、唾液を使用する場面といえば、一般的には亜型等を疑った際のABO血液型精査ですが、実はABOウラ検査の鑑別や不規則抗体同定にも活用できます。ここでは、唾液による凝集抑制の活用の(はてな?)についてシェアしたいと思います。
通常、分泌型又は非分泌型という呼び方は唾液中のABH型物質について使われます。Lewis 血液型の表現型がLe(a-b+)型のヒトは分泌型、Le(a+b-)型のヒトは非分泌型となります。このメカニズムの詳細は、「#004:唾液中のABH型物質の(はてな?)」の記事をご覧ください。凝集抑制試験に用いる唾液は、A,B,H型物質が多く含まれる分泌型個体の唾液を用いて行います。
ABOの血液型のウラ検査において、不規則性の抗A1や抗Bを保有しているケースがあります。また、一見、抗A1のように見えても実は冷式抗体の抗AIであったり、抗Bに見えても実は抗BIであったりというケースもあります。このようなケースでは、単に複数例の赤血球との反応では見分けが付きません。そこで、唾液による凝集抑制を行う場合があります。抗A1はA型唾液で、抗BはB型唾液で抑制されますが、抗AIや抗BIは凝集抑制されることはありません。抗AIや抗BIというのは、本質的には抗Iの仲間であり、抗HI(O型と強く反応する抗I)と同様にA型と強く反応する抗Iが抗AI、B型と強く反応する抗Iが抗BIだからです。但し、こういった抑制試験を行う際には、被検者血漿(血清)2~3滴に対して、唾液や対照の生理食塩液又はPBSを1滴添加しますので、少し希釈されます。従って、対照試験管の凝集が1+以下の場合は凝集抑制の有無が確認しにくいため注意が必要です。反応相を4℃などの低温にすることで、ある程度強い反応(2+以上)にする条件設定の工夫も必要になります。対照が2+以上で唾液を加えた方が陰性の場合、唾液の型物質によって凝集抑制がある、と判断します。
[SL.1]の例は、cisA2B3型の例です。cisA2B3型の殆どは、血漿(血清)中に不規則性の抗Bを保有しています(写真:左)。この血漿(血清)にB型分泌型唾液を加えて30分程度静置後に、B型赤血球を加えて遠心判定した様子が左の写真となります。PBS対照が2+程度であり、唾液を加えた方の試験管は陰性となっています。これで、B型赤血球と反応しているのは抗Bであると言えます。別な例でA1B3型の表現型の検査において、ウラ検査のA型赤血球と陰性、B型赤血球と2+程度の凝集が観察された検体がありました。その際、同様のことを行いましたが、対照(PBS)及び唾液を加えた試験管が2+になりました。B型唾液で凝集抑制されないという結果です。精査の結果、B型赤血球と反応していた抗体は抗BI(冷式抗体)であることが判明しました。
[SL.2]の例は、Bombay型の例です。Bombay型に関する情報は、「#025:Bombay型、para-Bombay型の(はてな?)」の記事をご覧ください。Bombay型個体の血漿(血清)中には抗H又は抗HIを保有しています。抗H又は抗HIを鑑別するためには、O型Adult-i赤血球とO型臍帯赤血球(cord-i)との反応性で鑑別が可能ですが、O型臍帯赤血球(cord-i)が常に入手できないことから、O型唾液で鑑別する場合があります。抗HであればO型唾液で抑制されます。抗HIは抑制されません(抗HIは本質的には抗Iの仲間)。右の写真を見ると、O型唾液で抑制されているため、この抗体は抗Hということになります。今回はわかりやすいようにBombay型の抗Hと分かっている血漿を用いていますが、para-Bombay型では主に抗HIを保有し、一部が抗Hを保有することが多いため、その抑制度合い(凝集の強弱)から解釈する場合もあります。勿論、抗HIの場合はO型赤血球と強く反応しますので、ABO同型赤血球とO型赤血球の凝集強度又は抗体価を調べることはいうまでもありません。
現在、コロナ禍の状況のため、唾液を取り扱う検査の際には十分注意する必要があります。