血液型検査のサポートBlog

血液型検査(輸血検査)で生じる悩みや疑問(はてな?)をサポートする医療従事者向けのBlogです。

#080:遺伝子タイピングによる表現型の推定の(はてな?)

 不規則抗体同定において、特異性のある抗体が検出された場合、通常被検者の血液型に基づいて同種抗体又は自己抗体の判断を行っています。しかし、過去3ヶ月以内に赤血球製剤の輸血歴がある場合は、同種赤血球が体内に残っているため、通常実施している血清学タイピング(抗体試薬による判定)では血液型の確定ができません(輸血量が少なく2ヶ月程度経過していれば凝集強度から推定は可能)。ここでは、遺伝子タイピングによる表現型の推定の(はてな?)についてシェアしたいと思います。

 不規則抗体同定においては、抗体の特異性を決定することが重要ですが、検出された抗体が同種抗体か自己抗体かを判断することは輸血用血液製剤を選択する上で必要です。例えば[SL.1]のように、被検者のRh表現型がR1R1型(D+C+E-c-e+)で、血清中から抗Eと抗eが検出された場合、抗Eは同種抗体、抗eは自己抗体という判断を行い、輸血が必要な際には、E-型の血液が選択されます。勿論、自己抗体と判断する場合は被検者の直接抗グロブリン試験(DAT)結果や赤血球抗体解離試験の結果を総合的に考慮して決定することは言うまでもありません。ここで重要なのは、被検者に輸血歴(直近3ヶ月以内)がなければ、検出された抗体の鑑別は比較的容易にできますが、例えば1週間前、1ヶ月前に同種血液の輸血を行っていた場合は通常実施している血清学によるタイピングでは血液型(表現型)が判定できない場合があり(輸血した同種血液が体内に残っているため)、同種抗体と自己抗体の判別が困難なケースがあるということです。また、頻回輸血の患者さんにおいても、ある時点から抗体が検出され、その抗体に特異性があっても同種又は自己抗体の判別はできません。

 このようなケースにおいて被検者本来の血液型を調べる方法として、現在では遺伝子タイピングで血液型(表現型)を推定する場合があります。遺伝子タイピングを実施する際には、主に抹消血液の白血球からゲノムDNAを抽出して検査を実施するため、赤血球輸血を行っていても、被検者本来の血液型の推定が可能ということです。海外では既に遺伝子タイピングが日常的に行われていますが、日本においては特殊なケース以外は血清学によるタイピングが主流となっています。そのため、主に白人の解析データはあるものの、日本人の遺伝子タイピング解析データがありませんでした。日本人を対象とした解析データがないということは、遺伝子タイピングする場合にPCRに用いるプライマーが日本人を対象とした遺伝子タイピングに合っているかどうか分かりませんでした。そこで、2,000検体を対象に主な血液型の遺伝子タイピングを実施し、血清学的タイピングとの一致率を調べました。結論からいうと、[SL.2]に示すように血清学との一致率は99.6%以上であることが分かりました。この一致率であれば、遺伝子タイピングでも十分表現型を推定できるレベルと考えます。因みに血清学と不一致となった例の一部はプライマーの位置に遺伝子変異を有していた検体やハイブリッドアリルなど、通常とは少し異なった遺伝子の例でした。

 遺伝子タイピングが最も活用される場面は、やはり頻回輸血の患者さんの不規則抗体検査で特異性のある複数の抗体が検出され、対応する抗原が全て陰性である血液製剤を準備できないケースです。こういったケースの多くは、同種抗体と自己抗体の混在によって生じていますので、本来の血液型が推定できれば、輸血上重要な同種抗体を見極められるということになります。[SL.3、SL.4]に同種抗体と自己抗体が混在し、遺伝子タイピングによって本来の血液型を推定し、同種抗体であろうと判断した例を示しています。この中で例えば、症例4のケースでは抗c、抗E、抗eが検出されましたが、通常の表現型から考えると、これらの抗体が全て同種抗体ということはありません(例外的にまれな血液型であるD- -型であれば、Rh17とともに保有する可能性がありますが、、、その可能性は非常に低い)。遺伝子タイピングの結果、被検者はR1R2型(D+C+E+c+e+)であり、検出された抗体はすべて自己抗体であることが分かりました。

 血液型特異性を示す自己抗体の多くはRh抗原に対する特異性です(詳細は#031:自己抗体の血液型特異性の(はてな?)を参照ください)。日本人では同種抗体として抗E、抗cが比較的多く検出されますので、抗e(and/or抗C)自己抗体と抗E(and/or抗c)同種抗体が混在することは珍しいことではありません。その際、被検者の表現型が分からないと輸血用血液製剤の選択に悩むことになります。こういったケースでは遺伝子タイピングによる血液型(表現型)の推定は有用だと考えます。

 

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