血液型検査のサポートBlog

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#062:スプライシング部位の変異によるA3型の(はてな?)

 ABO血液型には多種の亜型が存在しますが、A3型についての分子生物学的知見は多くありません。また血清学的にA3型と分類する明確な定義が乏しく、加えて対応する遺伝子の違いで赤血球A抗原量や血漿中のA転移酵素活性にはバリエーションが生じ、判定に苦慮する場合があります。ここでは、スプライシング部位の変異によるA3型の(はてな?)についてシェアしたいと思います。

 A3型の一つの特徴は部分凝集反応を呈すること、そしてこれまで検出されたA3型検体の遺伝子解析結果から、その殆どがABO遺伝子のエキソン6又は7領域に一塩基置換(アミノ酸置換を伴うミスセンス変異)があり、その影響で血漿中のA転移酵素活性は通常実施しているガルサーブABでは検出されない、という特徴があります。しかし、上記反応には合致しないA3型も時々検出されます。#061の記事で赤血球系細胞に特異的な転写制御領域内の変異によって生じたA3型についてシェアしましたが、今回はこれとは異なるメカニズムでA3型を生じた例についてシェアします。

 今回の4例の検体の赤血球側の検査結果は、抗A試薬とはいずれも部分凝集反応が認められ、抗A試薬との被凝集価は4倍から16倍でした。抗A1レクチンとの反応は陰性、抗Hレクチンとの反応は4+を示しました。スライド法による凝集態度を[SL.1]に示しましたが、凝集開始時間が既知のA3型よりも若干早く、少し大きめの凝集塊が認められ一見Amos型に類似した凝集態度が観察されました。ウラ検査は通常のA型であり、低温下においても不規則性の抗A1は認められませんでした。また、4例ともに若干活性は低いものの、血漿中のA型トランスフェラーゼ活性が認められました。このことから典型的なA3型とは少し異なる性質であることが示唆されました[SL.2]。

 フローサイトメトリー(FCM)によるA抗原解析のヒストグラムパターンは、陰性側にピークを有し、カウント数は少ないものの陽性領域まで連続的に続くパターンが観察されました。どちらかといえば、#061の記事でシェアした赤血球系細胞に特異的な転写制御領域内の変異によって生じたA3型のFCMパターンに近く、A3型とAmos型の中間型のようなパターンを示しました。血漿中のA転移酵素活性が認められることから、エキソン7に一塩基置換をもつ典型的なA3型とは異なることが示唆されました。

遺伝子解析の結果、4例ともに遺伝子型はA/Oでした。A遺伝子のイントロン3のsplicing donor siteの一番目の塩基がグアニンからチミンへ変異し、GTがTTとなっていることが分かりました。イントロン内には、5末端側にGT、3末端側にAGのそれぞれコンセンサス配列が存在します。通常、スプライシング反応においてイントロン部分の塩基が除去されアミノ酸に翻訳されるエキソン部分だけが残ります。

今回の例ではスプライシング異常により、エキソン3がスキップする可能性があります。仮にエキソン3がスキップした場合、19個のアミノ酸が欠失しますが、フレームシフトは起こらず、33番目のアミノ酸は、A1型と同じグリシンとなります。また、34番目以降もA1型の53番目以降のアミノ酸と同じ配列となると想定されます。血漿中に存在する遊離型トランスフェラーゼは本来N末端側が欠失しており、丁度エキソン4からコードされたアミノ酸配列になっていますが、その配列はエキソン3のスキップでは保持されていることになります[SL.3]。

SL.4]は、エキソン3のスキップを想定したトランスフェラーゼの模式図です。19個のアミノ酸が欠失する位置は、膜貫通領域から幹領域になります、この欠失により、トランスフェラーゼがゴルジ膜に保持されにくく不安定になるため、糖鎖の修飾がうまく行われず、その結果、赤血球ではA3様を呈したと考えられます。一方、エキソン3がスキップしても遊離型トランスフェラーゼの配列は保持されていますので、若干活性が低いものの血漿中にA型トランスフェラーゼ活性が認められたと考えられます。

なお、IVS=intervening sequenceの略であり、IVS3+1G>Tとはイントロン3の+1番目の塩基がG(グアニン)からT(チミン)へ変異したという意味になります。一方、コーディング領域で表記すると、c.155+1G>Tという表記をする場合もあります。どちらも同じ意味です。

 

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