輸血を受ける患者さんが赤血球抗原に対する不規則抗体を保有している場合、その抗体の同定(特異性の決定)は、抗体の臨床的意義を判断するために必要であり、それは輸血用血液を事前に準備するためにも必要です。ここでは、不規則抗体同定の必要性の(はてな?)についてシェアしたいと思います。
輸血した血液が体内で破壊されるメカニズムは、ABO不適合輸血の場合は、抗A、抗Bが感作した赤血球に補体が関与し、血管内で溶血が起こります(血管内溶血)。一方、輸血又は妊娠による同種免疫で産生されたIgG性の同種抗体による破壊は、不規則抗体が感作した赤血球が脾臓に運ばれ、マクロファージ等の食細胞によって貪食されます(血管外溶血)。
臨床的意義のある抗体とは、対応した抗原を有する赤血球を輸血した際に体内で破壊する抗体であり、通常37℃相からの間接抗グロブリン試験が陽性となる抗体です。具体的にはRh(D,C,E,c,e)、Duffy(Fya、Fyb)、Kidd(Jka、Jkb)、Diego(Dia、Dib)、MNS(M、S、s)に対する抗体が同定された場合には、対応抗原が陰性の血液を選択し輸血が行われます(日本人ではFya、Dib、sは高頻度抗原です)。勿論、これら多型性の血液型抗原以外に、高頻度抗原に対する抗体(例えば、抗H、抗P、抗PK、抗PP1PK、抗Rh17、抗Ku、抗Kpbなど)が同定された場合にも対応抗原が陰性の血液(まれな血液型)が必要になります。高頻度抗原に対する抗体を保有していることが事前に判明していれば、輸血実施のタイミングに合わせて血液を準備することが可能ですが、不規則抗体スクリーニングが未実施で交差適合試験を実施した場合、自己対照赤血球以外全て陽性となり、適合血液が得られないため輸血が出来ない状況に陥ることになります。また、血液型によっては直ぐに入手出来ないまれな血液型もあるため、理想的には交差適合試験よりも前に実施し、陽性となる原因抗体を特定しておくのがベストということになります。高頻度抗原に対する抗体であっても、その抗体の臨床的意義が低い理由から、輸血用血液製剤の選択の必要性がない(ランダム血液で対応)抗体もあります。抗JMH、抗KANNO、抗Chido、抗Rodgers、抗Knopsなどの抗体では、対応抗原が陽性の血液を輸血しても輸血した血液が破壊されないため、無視されて輸血が行われます。
高頻度抗原に対する抗体以外の抗体が複数存在する場合も抗体同定と血液の入手に時間を要する場合があります。主要抗原に対する複数の抗体が存在した場合は、交差適合試験で適合血を見つけようと思うと、かなりの時間と労力が必要になります。一般的には、保有する抗体の種類が多ければ、適合する血液の頻度が低くなる、ということになりますが、全てがそうではありません。日本人の抗原頻度を[図.1]に示しますが、例えば4種類の抗体を保有していても日本人の抗原陰性頻度の割合が多い場合、例えば4種類の抗体(抗c、抗S、抗Lea、抗Dia)を保有していても適合率は27%程度[図.2]、つまりランダムの血液4本交差適合試験を行えば確率的に1本は適合血が確保出来るということです。逆に、2種類程度であっても抗eと抗Jka又は抗Jkbなど組み合わせで保有した場合は、2~3%程度(50本に1本程度)の適合率になるため、交差適合試験で陰性(適合血)を確保することが難しくなります。従って、抗E+α、抗Dia+αのような陰性頻度が高い抗原に対する複数の抗体を保有し、至急で輸血を実施したい場合は院内在庫から検出できる可能性もあるということを知っておくことも重要です。また、日本人の抗原頻度を知っておくことは緊急時に役に立つ場合もあります。